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「惻隠(そくいん)の心無きは人にあらざるなり」とは孟子の言葉ですが、この言葉を最も強く感じる人にインタビューしました。
“今を活かし、未来を創造する”をミッションとする株式会社リゾームの中山博光社長です。
リゾームさんは、企業の情報活用を支援し、独自のシステム開発とコンサルティングによって大変な成長を遂げつつあります。そこから想像する社長イメージは欧米的で合理的な考えを持つ経営者像が一般的ですが、真逆の経営者が中山社長です。
「何故こんなに優しい心を持っているんだろう?」
そんな疑問からインタビューは始まりました。
生きることで精一杯だった若い頃。ニチイへの入社で人生が変わった。
糸川:このインタビューに先立ち、事前にアンケートにお答えいただきました。その中で中山社長の経歴をうかがったのですが、ご幼少の時にご両親が亡くなっておられて、しかもお父様は事業を失敗されていたり。たいへんなご苦労をされて、それを見事に乗り切ってこられた。僕は本当に感激して泣きそうになりました。僕だったら、道を外していたのではないかと。
中山:生きていくのに精一杯でしたからね。そんなことを考える余裕も無かったです。中学の時にテニスをやっていたのですが、その時に巡り逢った友人にも救われました。彼とは今でも親友なんですよ。
糸川:それにしても、いろいろな仕事をされてきたんですね。
中山:高校を卒業して地元の百貨店に入ったのですが、2ヶ月後に父が他界しまして。そちらを退職してからは、看板屋にミシンのセールス、その他にも食べていくために何でもやりました。大阪に出てデザイン事務所の見習い。実母は9歳の時に他界していたのですが、父の他界から3年後に養母も病気で他界。自分にプライドが持てる仕事がしたくて、ニチイさんに就職したのが23歳の時です。
糸川:余裕が無かったとおっしゃいましたが、自分が強くないと出来ない事ですよね。僕はそれを一番に感じました。社員の方は社長の略歴はご存じなんですか?
中山:知らないと思いますよ。だいたい、僕は高学歴だと思われてる(笑)。
糸川:そうなんですか(笑)。ニチイさんにいらしたからですかね。たいへん失礼な言い方ですが、よく採用されましたね。当時でもニチイさんは大企業でしたでしょ?
中山:どうしてでしょうね。人事部長との面接だったのですが、どういう勉強をしているのかと質問されましてね。当時は業界誌を10数誌読んでいたんです。この雑誌はこうでとか、勉強していたことを話したのですが、それで熱意を感じてくださったんでしょうかね。
糸川:その方が今のようになるきっかけを作ってくれたわけですね。恩人ですね。
中山:そうですね。そこで人生が変わりました。いろいろな勉強もさせていただきました。
糸川:ニチイさんでは、どのような仕事をされたのですか?
中山:流通の現場も経験しましたが、販売促進の仕事が主でした。プロモーション関係のチラシとかDMとか。デザイン事務所にいたこともあったので、その経験が活かせましたね。新店担当や店長の下のポジションも経験したので数値管理もしました。いろいろなチャンスをくださいました。
個人コンサルタントとして独立。そして、リゾームを起業。
糸川:そんなニチイさんを退職されたのは何故ですか?
中山:既に結婚していたのですが、「親の面倒を見ます!」と宣言して許しを得たんですよ(笑)。全国企業は転勤が多いから面倒を見きれない。それで、思い切って退職しました。それが29歳の時ですね。現在も妻の両親は健在で同居してます。
糸川:そうでしたか。そこで独立ですか?
中山:ちょうど、ショッピングセンター開発を手伝ってほしいとの話がありましてね。それに、まだ給料もそれほど高くなかったので、生活が厳しかったのも正直なところです。もうちょっと出世していたら、状況は違ったでしょうね。
糸川:リゾームの設立ですか?
中山:最初は個人コンサルタントです。講演をやったり、年間契約でコンサルティングしたり。ニチイさんで勉強したことが助けてくれました。でも零細企業ですからね。車で全国を走り回って、一年の半分以上は車上生活でしたね。個人コンサルタントでは経営は分からない。経営者になって会社を成長させて、経営が語れるコンサルタントになりたいと考えて起業を決意しました。リゾーム設立は33歳の時です。
糸川:最初からシステム開発ですか?
中山:いえいえ。最初は個人コンサルタントの延長です。零細企業は相変わらずです。でも、平成元年に消費税が導入されて、その時にレジが入れ替わって、顧客管理をやっていこうというブームが来たんです、ポイントカードとか。たまたま、岡山県の事業として、県の情報センターで地域のショッピングセンターのデータを全部集めて分析するというサービスがあって、それにアドバイザーとして入ったんです。岡山県にはそういうサービスがあるけど、他県には無かったわけです。ちょうどその頃、四国のお客様から「中山さんが分析ソフトを作ってみたら?」という一言があり、それじゃやってみましょうというのがきっかけです。
糸川:なるほど。でも、たいへんだったでしょ?
中山:たいへんでしたよ。僕、コンピューターのことなんか知らなかったし(笑)。知り合いに紹介してもらった開発会社さんに依頼したのですが、突貫工事でやったからバグだらけ。巨額なシステム投資負債も負っていたから逃げられない。泣きながら改修しました。でも、素人が作ったから操作性は良かった。素人でも使いやすいシステムになっていたんです。それが評価されて、少しずつ広まっていきました。設立から10年くらい経ったところですね。
糸川:金藤専務が入社されたのは、その頃ですか?
中山:はい。最初はパートさんで(笑)。土日休みだから選んでくれたようです(笑)。
糸川:そうでしたか(笑)。素晴らしいNo.2に恵まれましたね。
中山:はい。この10年間、社員にもお客様にも恵まれて、東京にも進出してきました。少しずつ経営の基盤が出来てきました。
・・・・・後編へ続く
後編では、リゾームの企業理念や今後の目標等を語っていただいております。
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